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Glycoscience
2016-04-28

6年生の文献紹介 (1)

毎年、この時期になると6年生に英語論文(原則として発表されてから1年以内の新しい論文)を読んでプレゼンをしてもらいます。

1回目の担当は栄さんと清水さんでした。

栄さんが紹介した論文

Sulfatase 2 promotes breast cancer progression through regulating some tumor-related factors.
Oncol. Rep. (2016) 35(3): 1318-1328
文献(PDF)

Sulfates 2 (Sulf-2) はヘパラン硫酸に作用する脱硫酸化酵素です。たいていの酵素は、ヘパラン硫酸の生合成過程か分解過程で作用するものですが、Sulf は細胞表面や細胞外マトリクスに存在するヘパラン硫酸に作用するという特徴をもっています。こうサラッと書いてしまうと、Sulf の重要性に気づかないかもしれませんが、かなりスゴイ酵素なんです。ヘパラン硫酸をはじめとするグリコサミノグリカンはゴルジ体でつくられます。ゴルジ体の中の合成酵素がどのように働くかで、ヘパラン硫酸の構造や量が調節され、必要な構造をもったヘパラン硫酸が必要なだけ合成されると考えられます。しかし、細胞が置かれている環境は刻々と変化しています。したがって、細胞が恒常性を維持するためには、ヘパラン硫酸の構造も環境に合わせて変化することが求められます。その際、ヘパラン硫酸をゼロから作り直していては、時間もかかるし、エネルギーの無駄使いになります。さあ、ここで Sulf の登場です。Sulf は今存在しているヘパラン硫酸に作用し、構造を変化させることで、新しい環境に適応したヘパラン硫酸に作り変える(リモデリング)する働きをもっています。生合成過程を経ないで新しい構造をもつヘパラン硫酸を速攻で作り出せるうえ、もともと存在していたヘパラン硫酸をリサイクルするため無駄もありません。なんて巧妙なやり方なのでしょう。このような酵素が出現したのは偶然なのか必然なのか?その答えはわかりませんが、結果として、細胞が変容する環境の中で快適に生き残るための戦略として利用されています。細胞というのは正常細胞だけに限りません。がん細胞も Sulf を利用しているようです。紹介された論文では、Sulf-2 が乳がんの悪性化に関わるということを主張しています。著者たちは、リンパ節転移をともない、転移巣に血管新生が認められる乳がん患者において Sulf-2 が高発現していることに注目し、Sulf-2 と乳がんの悪性化、Sulf-2 と血管新生の関連性について明らかにしたいと考えたようです。著者たちの実験から、Sulf-2 を発現させると、がん細胞の特徴である細胞増殖能や浸潤能の上昇(細胞レベル、個体レベル)、抗がん剤に対する耐性の上昇などが起こり、Sulf-2 の発現を下げると、上述のがん細胞に特徴的な性質が弱くなることが示されました。このことから、Sulf-2 が創薬の新しいターゲットになると考察されています。では、なぜ、Sulf-2 が乳がんの悪性度を促進させるのでしょうか?著者たちは Sulf-2 の発現により、がんの悪性化に関連する遺伝子の発現が上昇し、抗がん作用のある遺伝子の発現が抑制されたことを示しています。おそらく、Sulf-2 によってがん細胞表面のヘパラン硫酸、がん細胞周辺の細胞外マトリクスや宿主細胞の表面に存在するヘパラン硫酸の構造が改変された結果、遺伝子の発現パターンが変化したのだと考えられます。では、なぜ、ヘパラン硫酸の構造の改変が遺伝子の発現を変化させるのでしょうか。ヘパラン硫酸は増殖因子などのシグナル分子と結合することで細胞内へのシグナルの入力に関与します。そして、シグナル分子はヘパラン硫酸の構造を認識して結合するため、この構造が改変されると細胞に入力されるシグナルが変化し、細胞機能が影響を受けます。今回の論文では、Sulf-2 ががん細胞を悪性化させる分子機構について詳しく調べられていませんでしたが、Sulf-2 がヘパラン硫酸の構造をリモデリングし、細胞に入力されるシグナルを変化させて、遺伝子の発現パターンを変化させたと考えられます。その結果、悪性度の高いがん細胞としての性質が現れたと考えることができます。このような機構で乳がんの悪性化が起こるなら、もともとの原因の Sulf-2 の発現を抑える、あるいは Sulf-2 の酵素活性を阻害する作用をもつ化合物が新規医薬品となり得ると考えられます。

清水さんが紹介した論文

Estrogens maintain skeletal muscle and satellite cell functions

J. Endocrinology (2016) in press

エストロゲン(女性ホルモン)が骨格筋と筋衛生細胞(筋肉における幹細胞, satellite cells)の機能の維持に重要であるという論文です。

閉経や加齢などによりエストロゲンの分泌が減少すると筋肉量が低下することが知られています。骨格筋や筋衛生細胞にはエストロゲン受容体が存在し、エストロゲンによる刺激で筋細胞の増殖や分化の調節、筋肉組織の発達や恒常性が維持されており、したがって、エストロゲン分泌の減少はこれらの機能に影響を与えると考えられますが、具体的にどのような影響を与えているかは不明でした。本論文では、卵巣摘出 (OVX) マウスを用いて、エストロンゲンが十分に作用しない状態をつくりだし、筋肉に与える影響を調べています。

まず、著者らは、OVX マウスは週齢を経るにつれ筋肉量が有意に低下することを示しています。この実験モデルは閉経後の女性を模擬していますが、エストロゲン不足の状態が長時間続くと筋肉量が低下するというヒトで見られた現象を動物モデルで再現することができました。

次に、この原因を筋細胞の分化過程に注目し調べています。筋細胞は、筋繊維の表面にへばりつくようにして存在している”筋衛生細胞”から分化します。通常、筋衛生細胞 は静止期に入っていて増殖しませんが(Pax7陽性MyoD陰性)、活性化を受けると Pax7 と MyoD をともに発現する細胞に変化し細胞増殖が起こります。その後、Pax7 の発現が減少し、分化した筋細胞(Pax7陰性MyoD陽性)になります。このような分化の過程で、エストロゲンが十分に作用しない場合、筋繊維1本あたりの筋衛生細胞(Pax7陽性MyoD陰性)と筋細胞(Pax7陰性MyoD陽性)が有意に減少し、増殖期にある筋衛生細胞(Pax7陽性MyoD陽性)の数は変化していないことが示されています。したがって、エストロゲン不足は筋衛生細胞の数を減少させるとともに、筋細胞への分化が抑制され、必要な数の筋細胞が維持されないため、筋肉組織の恒常性が維持されず、筋肉量が低下すると考えられます。

上記は定常状態における解析でしたが、次に筋再生過程における筋衛生細胞の機能について調べています。筋再生はカルジオトキシン(CTX)と呼ばれる毒素を筋注することで強制的に起こします。CTX は筋細胞を壊死させるので、減少した筋細胞を補おうと筋衛生細胞から筋細胞が分化し、筋肉が再生するわけです。OVX マウスに CTX を筋注し、再生後の筋肉量や筋繊維の断面積を測定すると、コントロールマウスに比べて有意に低い値を示しました。エストロゲン不足は、筋再生過程における筋衛生細胞の分化にも影響を与えていると考えられます。

この論文では、エストロゲン不足が筋細胞への分化を抑制するという現象を実験的に示していますが、なぜエストロゲン不足が筋細胞への分化を抑制するのか?という疑問が残ります。

この疑問に対し、わたしたちの研究結果をもとに考察してみます。私たちはエストロゲンがコンドロイチン硫酸生合成酵素遺伝子の一つ、C4ST-1 遺伝子の発現を上昇させることを明らかにしています(文献1)。また、C4ST-1 遺伝子が筋肉細胞の分化過程に影響を与えることをゼブラフィッシュを用いて明らかにしています(文献2)。したがって、エストロゲン不足は筋組織中のコンドロイチン硫酸の生合成に影響を与え、筋細胞の分化に必要なコンドロイチン硫酸がつくられないから筋細胞への分化が抑制されるのではないかと考察することができます。現在、生化学研究室では、このような仮説検証するための細胞や動物用いた実験系が動いています。興味のある人は研究室までお問い合わせください。

文献1(PDF)

文献2(PDF)

 

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