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Glycoscience
2016-05-12

6年生文献紹介 (2)

5月12日は以下5名の文献紹介が行われました。
1)林くん
Development and Structural Variety of the Chondroitin Sulfate Proteoglycans-Contained Extracellular Matrix in the Mouse Brain
Neural Plasticity, Volume 2015, Article ID 256389, 12 pages

神経細胞周囲にはペリニューロナルネット(PNN)と呼ばれる細胞外マトリクスが存在します。PNN は神経可塑性と関与すると考えられています。神経可塑性とは、外界の刺激によって構造的・機能的に変化することができる性質のことを意味しており、語学の習得や斜視の治療、損傷後の神経再生などと神経可塑性は関連しています。母国語である日本語の神経回路が既にできていても、可塑性の高い人の場合、第二外国語、第三外国語の神経回路をつくることができるので、効率的に語学習得ができます。一見、可塑性が高い方が優れているという印象を与えますが、適当な時期に可塑性を失わないと、いつまでも環境に左右され、記憶が固定しない不安定な精神状態になってしまいます。このようなことから、可塑性の出現と消失時期についての研究や、消失した可塑性を再び取り戻す研究が活発に行われています。
PNN にはコンドロイチン硫酸が大量に存在し神経可塑性に関与すると考えられています。なぜなら、コンドロイチナーゼを用いてコンドロイチン硫酸を分解すると可塑性が上がるからです。PNN に含まれるコンドロイチン硫酸は WFA と呼ばれるレクチンによって検出することができます。言い方を変えると、WFA を用いて PNN を可視化することができます。本論文では、いろいろな脳領域における PNN の出現時期(つまり可塑性を失う時期)、PNN の構造を WFA を用いて調べています。生後数日で PNN が出現する領域は脳幹の網様体核で、この脳領域は授乳中の舌の動きに関与するようです。可塑性が高いと報告されている扁桃体や視床下部での PNN の出現時期は比較的遅く、PNN は変わった構造をしており、細胞体や樹状突起の周りを囲うように存在する典型的な PNN の構造とは異なります。脳領域ごとに PNN の形成時期が異なること、あるいは PNN の構造に違いが見られることとが、脳領域の神経可塑性と直接関連するのかについては今後の研究課題であり、また、各脳領域の PNN の形成時期が何によって制御されるのかについても更なる研究が必要とされます。

2)松浦くん
Decorin is an autophagy-inducible proteoglycan and is required for proper in vivo autophagy
Matrix Biol. (2015) 48, 14-25

Iozzo さんと Schaefer さんは Small Leucine-rich Proteoglycan Family に分類されるデコリンやビグリンについて研究しており、毎回、これまで報告されているプロテオグリカンの機能の枠組み超えた新しい機能を提唱してきます。本論文では、デコリンがオートファジーを誘導するという結果を示しています。
まず、オートファジーについてです。オートファジーは細胞がもつタンパク分解機構の一つであり、飢餓時に起こります。この機能的意義ですが、オートファジーにより自己タンパクを分解し、生じたアミノ酸をエネルギー源とすることで栄養飢餓の状況下でも細胞は死なずに生き残ることができます。その様子は、自分の足を食べて生存するタコに例えられることもあります。また、水島昇先生(大隈先生とともにノーベル賞候補者の一人)によって、ヒトを含む哺乳類でのオートファジーの機能的重要性が示されています。胎内の赤ちゃんは臍帯血を介してお母さんから栄養をもらっていますが、生まれた直後は母体からの栄養供給が一旦途絶えます。この期間、赤ちゃんはオートファジーを起こし、自分のタンパク質を分解することで栄養源を得て生存します。オートファジーが誘導されないマウスでは、出生直後に致死に至ります。デコリンノックアウトマウスでは、骨、筋肉、および角膜の病気を発症しますが、出生直前に致死に至るわけではないようです。したがって、デコリンは出生前のオートファジー誘導には大きな影響を与えていないと考えられます。なお、デコリン欠損による骨、筋肉、角膜の異常はオートファジーの誘導異常ではなく、コラーゲン線維形成不全によると考えられています。
本論文では、デコリンがオートファジーを誘導することは調べられていますが、なぜ、デコリンによってオートファジーが誘導されるのか?なぜ、プロテオグリカンであるデコリンがオートファジーを誘導する能力をもつようになったのか(なぜ、デコリンによってオートファジーを誘導せねばならないのか)?については言及されていません。デコリンの合成(分泌)が増加する状況では、細胞内のタンパク工場が忙しく稼働していて廃棄物も大量に出ているのかもしれません。この廃棄物の処理はリソソームだけでは追っつかないのでオートファジーを誘導する必要があったのでしょうか。このような必要に迫られて、デコリンはオートファジーを誘導する能力をもつようになったのかもしれません。著者らはデコリンのノックアウトマウスを保有しているので、このマウスの機能解析により、上述した問題が解明される日が来ることを期待します。

3)森垣くん
NG2+ Progenitors Derive From Embryonic Stem Cells Penetrate Glial Scar and Promote Axonal Outgrowth Into White Matter After Spinal Cord Injury
Stem Cells Transl Med (2015) 4, 401-411

本論文では、胚性幹細胞由来神経前駆細胞の移植による新しい脊髄損傷治療法を報告しています。一般に、脊髄損傷における神経再生が起こりにくい原因として、コンドロイチン硫酸の存在が挙げられます。脊髄損傷が起こると、”グリア性瘢痕”が生成しますが、この瘢痕には大量のコンドロイチン硫酸が含まれ、軸索再生阻害にはたらいています。コンドロイチン硫酸を分解すると軸索再生が促進することから、コンドロイチナーゼを用いた脊髄損傷の治療が試みられていますが、拒絶反応など、克服しなければならない問題点も残っています。
本論文では、軸索阻害因子を分解するという従来型のアプローチではなく、阻害因子の障壁が存在しても、これを乗り越えて再生する能力をもった神経幹細胞をセレクトし、患部に移植してみようという試みが報告されています。胚性幹細胞から分化した細胞のうち、NG2 を発現した神経前駆細胞はコンドロイチン硫酸の障壁をものともせずに瘢痕内に侵入し、軸索再生に関与することがわかりました。NG2 はコンドロイチン硫酸プロテオグリカンの一つで、これまで軸索伸長阻害に関わると報告されていましたが、著者たちの研究から、軸索伸長を促進させる効果を発揮する場合があることが判明しました。NG2 を発現した神経前駆細胞がなぜコンドロイチン硫酸のバリアに侵入することができるかというと、MMP9 と呼ばれるマトリクスメタロプロテアーゼを高発現しているからです。MMP9 が瘢痕のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンやコラーゲンなどを分解し、軸索が伸びやすいような環境を整えるのだろうと考えられますが、NG2 を発現した神経前駆細胞で MMP9 の発現が上昇する機構については不明です。メカニズムに関しては不明ですが、なんと1日に  1 mm 以上も軸索が伸びるそうです。著者たちは NG2 陽性神経前駆細胞の移植が脊髄損傷の新しい治療法になり得ると提唱しています。今回提唱された新しい治療法の利点は、瘢痕内の細胞外マトリクスを分解する能力をもった神経前駆細胞を利用することから、脊髄損傷の急性期だけでなく、瘢痕が形成された損傷後期にも有効であること、患者由来の神経幹細胞を利用すれば拒絶反応を起こさない治療が期待できることです。

4)前田さん
The anti-Mullerian hormone (AMH) acts as a gatekeeper of ovarian steroidogenesis inhibiting the granulosa cell response to both FSH and LH
Reproductive Physiology And Disease (2016) 33(1), 95-100

抗ミュラー管ホルモン (AMH) は不妊治療には欠かせないホルモンです。AMH は発育過程にある卵巣から分泌されるホルモンであり(AMH を分泌する細胞は前胞状卵胞の顆粒膜細胞です)、血中の AMH 濃度が発育卵胞の数を反映することが示されています。また、発育卵胞の数は卵巣内に残っている原始卵胞の数とも関連しますので、AMH の血中濃度を調べることで、卵巣にあとどのくらい卵子が残っているか(卵巣予備能)を知ることができ、卵巣年齢を推定することができます。このように、現代の不妊治療では卵巣年齢をモニターするためのマーカーとして血中 AMH 濃度が利用されています。
今回の論文では、顆粒膜細胞における AMH の機能を調べています。著者たちは、AMH の機能を知ることで、卵巣を若返らせることができると期待しているのではないかと思います。顆粒膜細胞が卵胞刺激ホルモン (FSH) や黄体形成ホルモン(LH) による刺激を受けると、性ホルモンの合成が始まります。論文では、FSH および LH により性ホルモンの合成に関わる酵素遺伝子 P450scc および Cyp19A1 遺伝子の発現上昇を見ており、AMH を作用させると、FSH および LH による性ホルモン合成遺伝子の発現誘導が 完全にブロックされることが示されています。AMH が性ホルモン生合成を制限することで、月経周期が制御され、卵巣のアンチエイジングにはたらいているのかもしれません。
なお、前田さんがこの論文を選んだのは、コンドロイチン硫酸が顆粒膜細胞の性ホルモン合成に関与する可能性について研究しているからです。

5)馬渡さん
Inherited CHST11/MIR3922 deletion is associated with a novel recessive syndrome presenting with skeletal malformation and malignant lymphoproliferative disease
Mol Genet Genomic Med (2015) 3(5), 412-423

グリコサミノグリカンの生合成酵素遺伝子の変異が原因となる病気が次々と見つかってきています。本論文では、コンドロイチン硫酸の4位の硫酸化を触媒する酵素 、C4ST-1 (遺伝子名: CHST11) の変異を原因とする新たな病気が見つかってきたことを報告しています。この患者は先天性の手・足の骨格異常とともに末梢性リンパ腫を発症していることを特徴としています。本論文の煮え切らないところは、今回の病気に関連した CHST11 遺伝子の変異の出現頻度が低いこと、欠失領域が比較的広く、Chst11 遺伝子以外にもmiRNA をコードする MIR3922 遺伝子を含むことから、病気の原因遺伝子を Chst11 遺伝子であると断定するのが難しいということです。なお、コンドロイチン硫酸の6位の硫酸化を触媒する酵素 、C6ST-1 (遺伝子名: CHST3)は常染色体劣性の脊椎骨異形成や先天性関節脱臼(OMIM143095)、ケラタン硫酸の6位の硫酸化を触媒する酵素、K6ST (遺伝子名: CHST6) は斑状角膜変性症、デルマタン硫酸の4位の硫酸化に関わるD4ST-1 (遺伝子名: CHST14) はエーラス・ダンロス症候群(OMIM601776)の原因遺伝子であることが報告されています。

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