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Glycoscience
2014-03-12

Journal Club 140312

北川先生による文献紹介の内容

Choroid-Plexus-Derived Otx2 Homeoprotein Constrains Adult Cortical Plasticity

Spatazza, J. et al. (2013) Cell Reports, 3, 1815-1823

文献 (PDF)

Otx2 は眼優位可塑性に関与するホメオボックス型の転写因子。この転写因子が抑制性神経細胞の一つ、パルブアルブミン(PV) 細胞に作用すると、PV 細胞が成熟し可塑性は失われる。しかし、Otx2 は大脳皮質に存在する抑制性神経細胞に作用するにも関わらず、皮質では生合成されていない。
まず、今回の論文では、Otx2 が合成される領域を ISH により調べている。そして、Otx2 の製造元の一つは脈絡叢 choroid plexusであることを確認している。脈絡叢で合成された Otx2 が大脳皮質に供給され、皮質に存在する抑制性神経細胞の一つ、PV 細胞の成熟を促す。Otx2 の脈絡叢から皮質までの輸送機構については解明されていないが、おそらく、脈絡叢由来の Otx2 は可溶性のコンドロイチン硫酸プロテオグリカンとともに脳脊髄液 cerebrospinal fluid (CSF) に分泌されて皮質まで運ばれるものと推察されている。大脳皮質まで辿り着いた Otx2 がPV 細胞の周囲に蓄積する機構については、既に、我々の手によって詳細な解析が行われている(Miyata, S. et al. (2012) Nat. Neuroscience 15, 414)。
ところで、医学的に最も興味があるのは、「如何にして、神経可塑性を復活させるか」という問題である。著者らは、Otx2 の供給元を断てば、可塑性が復活するのではないかと考え、脈絡叢の Otx2 の発現をなくしたマウスを作成した。このマウスの視覚野では、Otx2 の量と染色強度, PV 細胞の総数と染色強度, PV 細胞の成熟度(WFA染色で評価)がコントロールマウスに比べて減少していた。PV 以外の抑制性神経細胞であるカルレティニン (CR) 細胞、GABA 陽性抑制性神経細胞については有意差が認められなかった。このことからも、少なくとも脈絡叢由来のOtx2 は抑制性神経細胞のうち PV 細胞に特異的に作用するといえる。次に、脈絡叢の Otx2 を欠損させたマウスが神経可塑性を獲得しているかどうかについて調べた。臨界期を過ぎたコントロールの成獣マウスの片眼を短期間遮蔽(4日間)しても視力は遮蔽前と変わらないが、Otx2flox/floxでは遮蔽により視力の低下が認められた。つまり、脈絡叢からの Otx2 の供給がなくなれば可塑性が回復することが確認できた。さらに、臨界期が終了する前に(つまり可塑性がなくなる前に)長期間単眼遮蔽(2週間)し、臨界期が終了した後(可塑性がなくなった後)、脈絡叢のOtx2 を欠損させて視覚刺激が入力される条件で飼育すると、Otx2 を欠損させなかった個体よりも視力が良くなっていることが確認できた。以上により、可塑性を失った時期においても、Otx2 を欠損させれば、視覚経験依存的に視力を失ったり取り戻せたりすることがわかった。
最後に、脈絡叢由来の Otx2 の欠損は、臨界期終了前の状態にリセットすることができるが、臨界期の開始前に戻すことはできない。臨界期の開始にも Otx2 が必要であるが、開始に関わる Otx2 は脈絡叢以外の部位でつくられたものが利用されると考えられる。
私たちの研究対象は糖鎖なので、Otx2 を糖鎖で制御することで神経可塑性を回復できる可能性を想像してしまう。斜視の治療はもちろん、母国語以外の言語習得にも利用でき、島国育ちの日本人も外国語の壁を乗り超えることができるかもしれない。可塑性を取り戻しても、神経回路を形成するのに必要な経験(努力)と時間はきっと必要になると思うので、できることならば、現在使用している有用な回路はそのままの状態で残し、パフォーマンスの悪い回路だけを選択的にリセットできるようになればと思う。

nouzui

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